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雲間の青

BL好き&ゲーム好きの趣味ブログ。閲覧は18歳以上の方推奨です。

心からの疑問

BL全般

よくBL好きの方がおっしゃる言葉で、ずっと理解できない言葉があります。

「BLじゃないみたい」「BLとは思えない」「一般向けでいいから読みたい」

「BLの枠を超えた」「これをBLと呼んではいけない」

「BLとして括るべきではない」「BLにはもったいない」

「この作家には一般向けの世界に飛び立ってほしい」

こういうの。

(長くなったので畳みます↓)

もちろんBLだけでなく、他の界隈の感想やレビューでもこれらの言葉は使われていますけど。

実力のある作家や、評判の作品には必ずついて回る常套句です。

正直言って意味がわからないんです。

なんでこんなこと言うんだろう?

BL作品であること、BL作家であることを否定したら何が残るの?

それが建設的な褒め方だと本当に思ってるの?

本当に褒めたいなら「この作品と作家はBLである」ということをまず認めなきゃ始まらないのに?

どうして自分の好きなBL作品やBL作家に限って、

BLから飛び出て一般で活躍してほしい、BLから出ていってもいいって思うのだろう?

BLが好きで、好きなBL作家がいるなら、その作家の作品はBLで読みたいと思うものじゃないの?

少なくとも私はそうです。素晴らしいお話こそBLで読みたいと思います。

「BLと銘打ってるのに全然男同士の良さがない!」

「なんでBL作品なのに男女恋愛なの?」

みたいな感じの否定形として使うなら理解できるんですよ。

だけど、「私はBLが大好きです。深い作品に出会えるからBL読みはやめられない」と言いながら、一方では「これはBLの枠を超えた。BLではなく一般で読みたい」・・・。

矛盾してませんか? どういうこと?;;

おっしゃってる本人は純粋に賞賛してるつもりなのかもしれません。

だけど他者から見れば、作品褒めて、作家褒めて、

でもBLというジャンルのことは間接的に貶されてるように感じる。

作家の実力や作品の出来と不釣合いだと思われるほどレベルの低いジャンルだと思われてるんだなーと。

実際は、その人の心に響いた作品は紛れもなくBL作品なんだから、

BLというジャンルはその人が思うような程度の低いジャンルじゃない何よりの証拠なのに、

この部分だけ無視されてる気がします。

このジャンルが好きな人なら駄作ばかりではないっていうのも分かってるはずなのに、

BLに理解のない人だけでなく、好きな人までこの言い方をしてるのを見るととてもガッカリします・・・。

その作品はBLというジャンルから生まれたものであって、BL要素も作品の一部なんでしょう?

その作家も、BLを書いて(描いて)力をつけていったんでしょう?

なのにそこは都合よく除外視されるの?

「BLにはこんなにすごいものがあるんだぞ!」と誇るでもなく、

「この作品がBLとして生まれてよかった!」と感謝するでもなく、

「BLとは思えない!」「BL作品として扱われるにはもったいない!BLじゃなくていい!」

と否定から入るところが、それって違うんじゃないかと。

「BL“だけど”良い」・・・今までBLをなんだと思ってたの?ってことになる。

そういうわけで、「BLは好きだけど、本当に良い作品はBLじゃないほうがいい」っていう、この姿勢が私には理解できないんです。

申し訳ないですが、本当にこの人はBL好きなのかなーと疑問に思うくらい、気持ちが分からない・・・。

たとえば、木原音瀬先生の一部の作品も一般文庫レーベルで出し直されましたよね。

あれも私からしたら理解に苦しむんですよ。

なんでこの人たちはBL作品を「一般作品」として世に出したいと思うのか・・・。

別にBL作品はBL作品のままでいい。非BLレーベルで出し直す必要なんてないのに。

この作品が一般の間で評価されたとしても、きっと評価されるのは木原先生自身だけであり、この作品や作家がBL出身ということは見なかったことにされるんだろうに。

もっとBLというものを大事にしましょうよ。

これじゃ、何かを持ち上げるために何かを踏み台にするやり方と変わりないよ。

BLの世界でこの作品が読めたこと、BLという場にこの作家がいることを喜ぶほうがずっと建設的だと思う。

あと、ごめんなさい。

そういう感想が挙げられていたり、非BLとして出された作品はかえって敬遠してしまうタイプです。

何故だかすごく抵抗感を覚えるんですよね。反発心なのかな・・・。

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